「自分に何が出来るだろう?」
そんな自問が始まりだった。
すぐに答えが見つからない事なんて最初から分かっていた。
何も出来るわけが無い。
そう結論づけても、誰も自分を責めやしない。
それ程の事が起こったのだから。
でも、あきらめるのは悔しかった。
何か出来る事があるはずだ。
根拠の無い確信みたいなものがそこにあった。
盛岡から、被害の大きい沿岸部の人達にできること。
悩んでも悩んでも悩んでも、答えはみつからなかった。
携帯が鳴った。
友からだった。
悩んでいたのは自分だけじゃなかった。
急に勇気が湧いてきた。
そして、僕たちは動き出した。
気付いたら、一緒に動く仲間に囲まれていた。
当たり前の事を、当たり前に伝えていく。
これが正しいことなのか、いまだに分からない。
でも、伝えるべきことがそこにある。
そして、信じることはできる。
きっと同じ想いでいる仲間が大勢いるであろうことを。
2011年4月